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【ヨガ哲学】アビヤーサ(修習)とヴァイラーギャ(離欲)を知ろう!

こんにちは、TAKIです。

先日、ヨガ哲学を勉強している生徒さんからこんな質問をいただきました。

自分は未熟だと思い焦ってもっともっとと勉強をしようとしてしまう。これは不貪にあたるでしょうか?

とても興味深い質問なので、今回はこのことについてお話をしていきたいと思います。

不貪(アパリグラハ)とは、欲張りにならない・執着しないようにというヨガの教えです。

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答えは人によって変わる

私の答えは「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」です。

なんともまぁ曖昧ですね(笑)

その理由は人によって変わるからということです。

詳しく説明していきますね。

 

ヤマ・二ヤマから見る学びの姿勢

ヨガ哲学にはヤマ・二ヤマと言って日常生活で慎むべきこと、推奨されることが決められています。

今回の質問はヤマ(日常生活で慎むべきこと)の中の不貪(アパリグラハ)にあたるのか?という疑問ですね。

学びに関して当てはまるヨガ哲学についてみていきましょう。

 

精神向上(スワディヤーヤ)

二ヤマの中にスワディヤーヤがあります。

これは日本語にすると読誦・精神向上・自己探求などと訳されます。

元々はヨガの聖典を読むことやマントラ(お経)を唱えることを勧めるヨガ哲学ですが

最近は自分の意識を上げてくれるような本を読むことと現代人向けに説明されることが多くなっています。

簡単にいうと、学びの姿勢をもちましょうということです。

 

アビヤーサ(修習)とヴァイラーギャ(離欲)

ヨガを深めていくためのふたつの姿勢である

アビヤーサ(修習)とヴァイラーギャ(離欲)から学びについてみることもできます。

 

アビヤーサ(修習)とは?

アビヤーサとは修習・常習と訳されます。

長い間繰り返し努力し続けることが大切という教えです。

ヨガの学びは一生続きます、絶え間なく努力し続ける必要があるということです。

 

ヴァイラーギャ(離欲)とは?

ヴァイラーギャは離欲と訳され、アビヤーサ(修習)していることを手放すということです。

アビヤーサ(修習)続けることで人は欲が出てきます。

生き抜くための本能が、もっと上を見てもっと先を見るように働くからです。

もっともっとと追い求めることは不貪(アパリグラハ)=執着に繋がってしまいます。

そのためヨガでは、一定の努力をしたらそれを手放すということが必要とされています。

 

アビヤーサ(修習)とヴァイラーギャ(離欲)はセットで行う

アビヤーサ(修習)とヴァイラーギャ(離欲)はどちらか一つでは成立せず、対になっています。

お互いが補完しあうことで成り立ちます。

ヨガのアサナ(ポーズ)を練習していて、力や努力量でなんとかしようと無理をしてしまった経験はありませんか?

そこには練習しているアサナに対する執着・こだわりが生まれています。

ヤマの観点から、執着することは慎むべきこととされていますので手放す必要があるのです。

それがヴァイラーギャ(離欲)です。

実際に、無理していた自分のこだわりを手放すと呼吸がラクになります。

 

アビヤーサ(修習)とヴァイラーギャ(離欲)の練習方法

ヨガのアサナ(ポーズ)で練習するのがおすすめです。

一定の努力をした後に、それを手放すということを繰り返します。

実際ヨガのクラスでは前半〜中盤にかけて動きの多いポーズを行い、最後はシャバーサナ(屍のポーズ)で終わります。

ヨガのクラス一連の流れがアビヤーサ(修習)とヴァイラーギャ(離欲)で成り立っています。

ここまで読んで、あなたは気がついたでしょうか?

一定の努力をした後に、それを手放すということを繰り返すということ

それはつまり、努力→アビヤーサ・手放す→ヴァイラーギャ・繰り返す→アビヤーサという永続的なつながりです。

手放して終わり、ではないのです。

 

アパリグラハ(不貪・執着)な学びの姿勢とは?

ヨガの学びに終わりはありません。

終わりがないものに対して今の自分は未熟だからと追い求める姿勢はアパリグラハに当てはまるかもしれません。

自信のなさや、満たされない感覚から生まれる渇望は自分を苦しめます。

私の経験

ヨガ哲学の本やポーズ集の本を何冊も買い込んだ時期があります。

1冊も読み終わっていないのに、です。

満たされない気持から焦りがうまれ、本を買うことで満たそうとしていたのです。

人は完璧ではありません。それを少しずつ認められるようになってくると自分の未熟さを受け入れることができるようになってきます。

わからないことがあっても良いんです。みんなあります。

できないことがあっても良いんです。みんなあります。

大切なのは、わからないこと・できないことに遭遇したときに自分を卑下するのではなく正しい努力をする姿勢です。

 

自分はどれに当てはまる?

わからないことやできないことに出会った時に「知りたい!」「できるようになったらいいな!」というワクワクした気持ちで学ぶ姿勢がヨガのアビヤーサ(修習)につながります。

もしも、過去の私のように満たされない気持ちから学びへの行動につながっているのなら一度それを手放して今あるものに目を向けてみてください。

今まであなたが学んできたものを復習することでヨガの知識が深まり、そこから生まれた新たな疑問に対して「知りたい!」とワクワクした気持ちが生まれたらきっと不貪な学びなのか?という疑問すら浮かばず夢中になって学び続けることができるようになると思います♪

 

では今回はこの辺で♪




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